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October


2009.10.3
『月の光を浴びながら』



去年はキャンプ場でお月見したので、今回引っ越してきてはじめて家でするお月見。
どこに月が現れるのだろう、部屋の中から眺められるかなと気になっていた。
雨戸を閉めずにいた窓際で本を読んでいたお姉ちゃんが月を見つけた。
朝から雨でずっと雲の覆う空だったので、半ばあきらめていた時の事でした。

部屋の灯りを消して、リビングの窓際に布を敷き、すすき、お団子を置いてお月見会場を作った。
ロウソクの灯りの中でお団子を食べたあとは、我がやのパーティー恒例の子供達による歌や踊りの演目が繰り広げられる。
”月”や”うさぎ”の歌と”月が出た出た〜”と炭坑節は踊り付。
そして最後の演目は下の娘の「スーホと白い馬」の素話。
学校の宿題で毎日音読しているので、教科書見ないでもお話ができるようになっていた。

中秋の名月の日くらい月を眺めながら寝ようと、雨戸を開けたままにし空高く昇る月が見えるように
窓際に身体をくっつけて横になりました。
山の裾野に立つ家。窓の外一歩出たところから草が傾斜で山まで続き
あおむけに寝っころがって虫たちの声を聞いたり、木々のシルエット眺めていると、ふと森で寝ている感覚にみまわれる。
下の娘も同じ感覚になったのでしょう、少したったころ怖くなって泣き出してしまいました。
私はガラス一枚隔てた家の中という意識をどこかで保っていたので、安心しながら夜の世界を楽しめたのでしょう。

月の光がきれいだよとなだめてようやく落ち着いてくれた娘のくちから出てきた言葉は
「おつきさま、いつも心の中を明るくしてくれてありがとう。みんなも喜んでいると思うよ」と。
そうゆう言葉がこぼれるくらいまぶしい光を放つ十五夜の月でした。
私は月の光を浴びている娘達の寝顔をしばし眺めていました。


2009.10.1
『ヒンメリ手帳カバー』

糸井重里さんが主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」のウェブサイトから生まれた、ほぼ日手帳
毎月新作カバーが登場するのですが、10月は「世界の伝統柄シリーズ」で
その中にヒンメリをモチーフしたものがありました。こちら→
デザインしたのは、佐藤卓デザイン事務所 の日下部昌子さん 。
こちらにインタビュー 記事が掲載されています。→

ヒンメリはフィンランドの伝統装飾で私のものではないのですが、
本を出版しただけにヒンメリがモチーフになったり しているのをみると嬉しいものです。



2009.10.1
『ヒシの実』



飛ぶ種や、変わった実を収集している私に”これ好きでしょう〜”と ダンナさんがお土産にくれたものは、
忍者の道具まきびしでした。
まきびしを竹筒に入れて持ち運び、追っ手からのがれる時にこれを巻いて怪我を追わせます。
まきびしは鉄のと天然のとあるらしく、これは天然のまきびし。
ヒシの実を乾燥させたものです。軽くて固くてとげがするどくて、そしてすごいかたち。
いろんな角度から楽しめる。
くちびるを突き出したようなグロテスクなかたちとかもあったりする。
不思議な実がまたコレクションに加わりました。


2009.10.1
『バイオグラフィーワーク』

バイオグラフィーワーカーの資格を取った知人が親しい人を集めてバイオグラフィーワークを開いてくれることになった。
これまでの自分を振り返る作業をグループで行う事で、たくさんの事を思い返し、
自分の人生が見えてくるというもの 。
知人が立てたワークは4回のコースで7年周期で思い返してゆく作業をする。

人生の中でムーンノード(月の交点)が何度か訪れる。
ムーンノードとは、自分が生まれた時の地球、太陽、月の位置が約18年ごとにまた同じ位置に並ぶことをいう。
一度目のムーンノードの時は約18才頃で使命がなんなのか気がつかせてくれる機会があると。
そして二度目のムーンノードの時が37才頃で、使命に対しての問いがはじまり、
気がつくことができれば40過ぎからその使命を果たす時がくるそうです。
37才までは人生の使命に出合うための準備期間。
40過ぎから63才頃までが役目を果たす時期。
役目を果たせれば、そこから先の人生は贈り物となるのでのんびり暮らしていけるそうです。

以前、ワークではなく、どうゆうものかという基礎知識講座のようなものに参加したことがあった。
講座を受けた時なんとなく感じていた使命を確信できたことが嬉しかった。

18才の時、卵巣をなくすかもしれなかった。
その前の年、すでに片方なくしていた。残りのひとつもとらないといけなくなり、
先生の言う通りに手術準備は進んでいった。
手術前日、病室でTVを見ていたとき、
おむつのコマーシャルに出ていた男の子の赤ちゃんの笑い顔をみていて
「やっぱりこどもを産みたい!」という気持ちになった。
隣にいた母にすぐさまそのことを伝えると、私から先生に思いの丈を伝えるよう言われた。
先生は摘出しなくてはならないほどのひどい状態でなければ、
悪いところだけ取り除きなんとか残せるようにしてみると言ってくれた。
先生の努力のおかげでなんとか卵巣をなくさずに済んだ。
これが使命を果たさなきゃと無意識に気がつきした行動だったのです。
そして、周りの人は誰も私が妊娠できるとは思ってもいなかったのに二人も娘を授かる事ができた。
先生に報告した時、神の思し召しだねーと驚かれ、よっぽどひどかったんだという事に気がつくのでした。(笑

そうして産まれた娘達のおかげでどんどん大切なことに気がつかせてもらい、
たくさんのこども達と関わる仕事ができるようになっていった。
様々な個性を持つ子供達とふれあう機会が増え、さらに気がついた事があった。
想いが高まり、それをかたちにしていこうと思い、
私のこの想いに共感してくれ力になってくれる人達に今支えられ、
実現させようと進めている事がある。
来年にはちゃんと自分の想いを伝えていけるようになると思っている。
そう40才を迎える時に。

第一回目のワークでは0才から7才までを振り返ってみて、私は母の愛に気がつく事ができました。
思い出した記憶の中には親や大人の存在はなく、家から半径数百メートルの中で友達や一人で遊んでいる記憶だけがよみがえる。
年の違う子達が一緒になって遊ぶような時代だったので、近所のお兄ちゃんお姉ちゃんのあとにくっついて山遊びを楽しんでいた。
母は家の中からいつも見守っていてくれたのでしょう。
そのころの記憶には親に叱られたり、家族の喧嘩とかの記憶もないくらい、平和な日々だった。
今の私を作る大事な時期の記憶が遊びだけに夢中だった幸せな日々だったので、本当に父と母に感謝したくなった。
そして私は娘達にそれができていたのかと心配になった。
娘達が大人になったときに振り返る第一7年期が楽しい思い出だけでありますようにと、今は願うしかない。

ワークをしてくれた知人はいう。
ワークをはじめると、自分のまわりが変化し始めるのでそれを見逃さないようにと。
次回までに宿題も出た。
ひとつの植物を決めて毎日同じ時間に会話してくること。
この宿題で何が見えてくるのか、次回が楽しみ



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