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little voice


2009.12.26
『お餅つき』

今年も一年通して大家さんの田んぼで米作りのお手伝いをさせていただきました。
娘は学校の授業で米作りを大家さんから教わっていて、
一年通して観察をしたから貴重な稲の花も見ることができました。

そして今年もお餅つきに参加してきました。
私は手返しを教わり、はい、はい、とかけ声と返しをリズムよく。
作るのは、のし餅に鏡餅によもぎ餅にからみ餅。
大家さんとこでの餅つきは昔から4臼目につくお餅をお供えにしているそうです。
最後の7臼目は、田んぼの側に生えていたヨモギを入れてつき、お饅頭にします。
娘達はかたち良く出来る方法を奥さんに教わり、コツをつかんでいくつも作っていました。
できたてをみんなでほおばって、美味しいー!と。
成長を見守ったお米で作った鏡餅もなんと嬉しいことだろう。

大家さんの倉庫の仮設餅つき場を片付けて、
ビールケースに木の板を乗せたベンチがささっとできて、忘年会。
奥さんの手料理は私好み。豆腐の春巻きに、干し柿入りなます、ほか色々。美味しかったー。
薬膳調理師の免許を持つプロだけどお母さんの手料理って感じがするのが好き。

大家さんご夫婦には今年一年もまた親子でいろんなことを教わり、
いろんな行事を一緒にお祝いしてくださったり、
本当にいつもお心遣いが嬉しくて。

娘達は肥後守を手に大家さんと山へ入り竹を切り、弓矢作りを教わっていた時も。
矢にする竹と弓にする竹があるらしく、私よりも娘達の方が竹に詳しくなっていました。
作り方を教わったので、矢が折れれば姉妹で竹を切りに行って、
またせっせと作っては遊んでいました。

お正月飾りは娘達が作った輪飾りにしめ縄、大家さんの山から若松などもいただいて、準備万端。
お正月が終わったら今度はどんど焼きが待っています。
楽しみ。

今年は東北でお正月を迎えようと思っています。
みなさんもあたたかくしてよいお年をお迎えください。


2009.12.25
『娘に教わったこと』

お姉ちゃんが少し前から聖なる雰囲気に惹かれ、
キリスト教の学校っていいなといったり、教会に行ってみたいとか、
シュタイナー土曜学校で、あるお祈りの言葉を教わった時は、寝る前にそれをしていたり。
親は全然そんな雰囲気を持ち合わせていないので、とても似つかわしくない娘だなあと。

窓の外に見える山の上のてっぺんには教会の十字架がひょっこりとのぞいている。
時々、朝日が当たっていて、輝いてるねえとお姉ちゃんは朝食を食べながら眺めている時もある。
その教会の聖夜礼拝にクリスチャンの友人が誘ってくれ、お姉ちゃんは大喜びで誘いに乗っていました。
しかし親はなんだか気が乗らない。。。
主人も私も特定の神を崇拝してはいないし、どうしようかとても悩んだ。。。
中高とキリスト教の学校に通っていた友達に相談したら、
「まだこどもだし宗教とか関係なく美しい世界にいるのはいことだと思うよ。
 洗礼をうける訳でもないし、ノノちゃんはもともとそうゆう世界が好きなんだから、
 きっとあってるんだよ、意思が育っていくと思う」と言ってくれた。
たしかに小さい時から、美しいものや美しい現象を見つけては、
みてみてーと報告してくれ、感動を共にできたことが多かった。
そっかーと友達の話に納得し、聖夜礼拝に気持ちよく行ってみることにした。

礼拝中、何度も耳にしたことば「平和」。
戦争などに対し使う言葉だけではないことに改めて気がつく。
そして、またまたこどもに教わってしまったかもしれない。

私は美しいものから心の平和が生み出せるような気がすると
確信はないけどなんとなく信じているところがあった。
これまで戦争や原発の悲惨な話、厳しい現実そのままを娘達にすすんでは教えようとしてこなかった。
つらい現実は思春期になるまでは知らなくていいと思っている。
伝えたい大切なことがその中にあってもそのまま現実に触れさせるのではなく、
その世界を見せなくても違う方法でやんわり伝えることができると思っている。
よくない現実などのネガティブな世界を見て生まれる平和というのは
思考をつかって生まれるものなのかなと。
はっきり悲惨な状況が目で見えるから、考えて考えて平和にしたいと考えるようになる。
あまりこどもに考えさせたくはないと思っている。心が十分に成長するまでは。
美しい世界をたくさん知っていれば、別なものから自然と感じて感じて心の平和が生まれてくる。
娘を見ていてそう思った。
お姉ちゃんは美しいものをたくさん感じ、そして平和を感じることができるようになったから
親に感化されることなく自分からゴミ拾いを一人ではじめたり、
今年はサンタクロースに「貧しい人達に少しでもいいので食べ物や着る服などあげてください。
これを私のプレゼントにしてください」と手紙に書いていた。
私達夫婦の子とは思えない行為にはるか昔の記憶かしら?とも思ってしまう。
娘が私に確信させてくれた。
心の平和を生み出す方法を。
クリスマスイブの夜に教会で娘から教わったこと。

娘の生まれ持ってきた方位磁石の針の指し示す方角を親の磁石で狂わせてはいけないなあと。
こどもの持って生まれてきたものを親が感じて気付いてあげなきゃいけないんだなあと
娘が眼を向けている方向に悩んだことを少々反省した私でした。

家でのクリスマスのお祝いはおごそかに。
アドベントクランツ用のロウソクがちょうど四本あったので、
急きょお姉ちゃんが折り紙でモミの葉をイメージして作ってくれました。
第1アドベントの光、それは鉱物の光。
第2アドベントの光、それは植物の光。
第3アドベントの光、それは動物の光。
第4アドベントの光、それは人間の光。
と、いいながら一本ずつお姉ちゃんは火を灯してくれ、その灯りの中で夕食を食べました。
そのあとは、いつもの宴。
お姉ちゃんのリコーダー演奏に合わせて妹は元気な声で歌を披露してくれました。
家族でいつものように過ごせた幸せに感謝した夜でした。


2009.12.17
『noninoko christmas market ーありがとうございました』

先週土曜日に開催された、ノニノコクリスマスマーケットはみなさまのおかげで大盛況に終わりました。
遊びに来てくださったみなさま、本当にありがとうございました。

午前中のぞうのとけいのワークショップにいらしてくださったみなさん、ありがとうございます。
いろんなこどもたちの心がまあるく並び、そこにおとなたちの優しい眼差しが注がれて、
とてもあたたかい空気に包まれていました。
こどもたちも、のびのびと心弾ませながらたくさん遊んでくれました。
ありがとうございました。

午後のクリスマスマーケットはオープン前に行列もでき。そんなことは想像もしておらず、、、。
終わりまでお客様の足が途絶えることがなく、最後まで私達は楽しませていただきました。
のんびり接客と思っていたので、各店一人のスタッフにしていたのですが、
手が足りず、遊びに来てくれた友達や仕事でお世話になってる編集の人、
会場を貸してくれたホームスパンの人達にもお手伝いいただくことになってしまいました。
ありがとうございました。

後日、お客様から感想メールをいただきました。
私の気がつかなかった素敵な話も聞けたりして嬉しかったです。
みなさん楽しんでいただけたようで本当によかった!

6年前にオンラインショップをはじめたときのノニノコのコンセプトには、
ものだけを届けるのではなく、心が潤うようなことも一緒に届けていきたいとありました。
今回のイベントでもいいものを届ける、そこにワクワクもプラスしてと
準備する私自身がとても楽しくできました。
そしてお手伝いしてくれた人みんながそうゆう気持ちだったことに、
とても嬉しく、ありがたく思いました。

おかし屋さんとのみもの屋さん、みんなに大好評でした。
美味しい、美味しい!という言葉をたくさん耳にしました。
中川たまさんと小川純一くんのいつも作るものは大げさに聞こえるかもしれないけど、
アートだなあと感じたのです。アートを口にできるってすごいなあと思いました。
ふたりのしていることって、身体に安心で美味しいものを作ろうという考えの前に、
素材のたましいを感じ、それで遊んいる気がしました。
だから素材の組み合わせが意外だったり、でもちゃんと口に入るものとして完成度の高い、
自由な作品になっているんですよね。アートだなあ。
人は本来こうやってクリエイティブに生きることなんだなあと改めて感じさせてもらいました。

今回用意してくれた飲み物は、ホットミカンジュース。
みかんジュースの中によもぎ餅が串に刺さって入ってます。昆布だし入りだそうです。
そしてもう一つは、豆乳バナナクミンジュース。
クミンのスパイスが効いた美味しい飲み物です。これもバナナが串に刺さって入ってます。
どちらもこども達に大好評。
お菓子は、三種の焼き菓子(そば粉ボーロとオートミールクッキーと塩味の野菜のクラッカー)を
量り売りで販売しました。あとくるみのブラウニー。何度も買いに来てくれる子がいました。

ノニノコおとうさんの古道具も楽しい品揃え。世界のお土産屋さんになっていました。
おすそわけも喜んでいただけてよかった。

こどもによる手作りコーナーは、娘と娘の友達がおもちゃ作りをこどもたちに教えてあげました。
こどもだけの空間が出来ていてとてもよかったです。
そして突如現れた、人形劇コーナーやマジックコーナーも、こどもたちによるもの。
一回30円!と書かれた張り紙。(実際、お金は取っていませんでしたが)
即興の人形劇。ゆる〜い感じがとてもいいなあと。

スタッフやそこにいる人みんなが遊び心を持ち合わせていてくれたおかげで
会場がいい空気に包まれ、本当にいいイベントになりました。
たのしかったです。よかったです。

メルマガで会場探しの相談に乗ってくれた人やDM配布のお手伝いを申し出てくれた人、
遊びに来てくれた人、お手伝いしてくれた人、来れないけど応援しててくれた人、
おかげさまでとてもいいイベントになりましたことを心から感謝いたします。
本当にありがとうございました!

christmas market photo→


2009.12.15
「いまをいきる」

友達が私の言葉にできなかった想いを言葉にしてくれた。

私も娘達も今の世に生を受けたことには意味があると思っている。
だから、今起こっていること、目の前にあるものを自分なりに受け入れ消化し、
生きてゆくことが大切だなと思っていた。
昔の暮らしはあらゆる面で理想的だなと私は思う。人が心をたくさん使って生きている気がするから。
でも自分も、家族も、人みんなも、この地球も豊かになって欲しいと思ったら、
昔の暮らしにはなかったものごとに背を向けて暮らしても豊かにはならない気がしていた。
でも話下手な私はこれまでこの想いを人に上手く説明できないでいた。

三回目のバイオグラフィーワークの時、ひとりずつ最近思ったことやあった出来事を話すことになって
私が一番バッターでこのことを話した。
環境問題も原発問題も今おこっているなんとかしなくてはいけないこと。
便利なものがあふれ、人間の機能を退化させるようなものもたくさんある。
よくないこと、よくないもの、わかる。
でも目に見えるよくないものごとに、目に見えるかたちで私は何かできないでいる。
けして見ないふりをしているわけではない。
便利なもの、よくないものを遠ざけて暮らしてはいられない自分がいる。

携帯電話をなくし一ヶ月持たない生活をした。
町内にいる時の普段の生活では全然困らなかった。
ただ遠くに出かけた時に、車でお迎えお願いコールをしたくても
公衆電話はいまはコンビニにもなく、見つからず苦労したことが何度かあった。
携帯電話がないとだめな時代なんだなと思った。
だから持つ。でも電話というものはそもそも遠くにいる人と話す道具。
私にはその機能だけで十分だった。
娘達には我が家流で使い方ルールを決めれば持っていいと思っている。
マックもどこに行ってもMのマークが目に入るほどどこにでもある世の中。
だから娘達が食べたいといえば何にも考えずにただ食べる。でも頻繁には食べない。

今の世に背を向けず、向き合って生きたいと思う私のこの話を聞いた友達が
あることに気がついたと話してくれた。
「うちの主人は未来のためにいまを生きていることをしているのに気がついた。
 娘の未来のためにあくせく働きお金を稼いだり、
 娘の未来のためにいいものだけ、、、。
 いま、このいまを家族でいきていなかった」と。

これを聞いて、そう!って思った。そうゆうことなんだ。
友達が私の言葉にできなかった思いを言葉にしてくれた。
未来のために何かをするのではなく、いまをしっかりいきていれば
おのずと見えてくるものがある。そうゆうことだった。
しっかりいま起こっている様々なできごと、あらゆるものと向き合ってみれば見えてくる。
何がいいか、よくないか、どうしたらいいか、いい方向に眼が向けられるような気がする。
ただなんでも取り過ぎたり、使い方には十分注意しないとならないなあと。

そういえば私の通う不思議な歯医者の先生にも何度も言われたことだった。
「先のことは考えないのよ。今を生きなさい」と。 
そうゆうことだった。

いまをいきる。
この言葉の意味がようやく私なりにわかったのでした。


2009.12.10
『christmas market ーおすそわけとてづくりおもちゃ』

 

クリスマスマーケットのおすそわけの用意ができました。

私がいつも使っているものいろいろ。
なんでもクリーム、道草入浴剤、ひよこまめせっけんなどなど。
おすそわけメモ→

おすそわけなので、直接私からお渡しさせていただきます。
使い方や使い心地などお話して、そこから話が広がりお客様のおすすめものの話なども
聞けたら嬉しいなと。楽しみにしております。
その横で手作りおもちゃ屋もします。
くるくるきらきらしゃぼんだまが作れます。
予約はいりません。作りたい子は声をかけてくださいね。

イベントの商品の数には限りがございますので、なくなり次第終了とさせていただきます。
マーケットは予約は必要ありませんので、お気軽に遊びにいらしてください。


2009.12.8
「理解してもらうこと」

またまた読売新聞の編集手帳から。

12月3日から9日までの障害者週間に合わせて内閣府が募集した「心の輪を広げる体験作文」の小学生部門で
総理大臣賞を受賞した小学4年生の女の子ことが書かれていました。
生まれつき左足がなく義足をつけた女の子は、幼い新入生達に「にせものの足だと」心ないことを言われる。
彼女は傷つき担任の先生に相談をします。
先生の「一年生に足のことを話してみようか」との提案を受け入れ、
一年生の教室を訪ねてみんなの前で義足をはずし、足が生まれつきないことや、自分の気持ちを話した。
その自らの体験を作文につづった。

編集手帳のコラムの最後にはこうあった。
「審査員の一人として作品を読ませてもらった。
自我が育つ時期に、良き先生に出会えたことと一年生たちの何と幸せなことか。
そんな思いを抱きつつ最優秀作に推した。全員一致である。
多くの人に読んでいただきたい」

すぐにWEBで読んで、涙した。
ダンナさんは、パソコン画面に向かって拍手しながらブラボーと叫んでいた。

女の子もすごい。先生もすごい。一緒について行ってくれた友達もすごい。
女の子はいつも前向きな心を持っていたから、先生も友達も心を寄せたんだろうなあと思った。

下の娘にもこうなって欲しい。
口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)という先天性疾患があり、
鼻の下にはいまでも手術の傷が残っている。そして発音障害もまだある。
私はまわりの人に理解して付き合ってもらいたいからと、最初の保護者会で説明をしている。
クラスのこどもたちにも話をしたいと、先生に相談したけど、先生は何かあった時にお話をしましょうと。
そして、何かが起こった。やはり、傷のことと、しゃべりかたが違うところを友達に言われた。
娘はきちんと話した。「お腹の中でけがをして生まれてきたから手術したんだよ」と。
そしたら「その傷かわいいなあ」と男の子に言われたと喜んでいた。
本人もまだ今はさほど気にはなってはいない。でも思春期にはきっと気になってくるだろう。
それまでにもっと自信をつけてもらいたいなあと思う。

女の子の作文を私も多くの人に読んでいただきたいと思うので、ここで紹介させていただきます。→


2009.12.7
『christmas market ーおかし屋さんとのみもの屋さん』

いよいよ今週末はクリスマスマーケットです。

おかし屋さんを担当してくれたのは料理家の中川たまさん
先日、打合せをしてきました。
駄菓子感覚でこどもたちに買ってもらいたいと相談し、
クリスマスイベントに合わせ、焼き菓子を4種類用意してくれることになりました。
サンプルをいただきましたが、さすがたまさん!
全部焼き菓子でも、味、歯ごたえにバリエーションをつけてくれたお菓子を用意してくれました。
素朴ながらも味わうと口の中で広がる美味しさに、
私は一口いただくたび、おいしいー!って声にしてました。
当日はもしかしたら遊びに来てくれるかもしれません。

で、先週私はお菓子を入れる袋をせっせと作っていました。
トランスパレントペーパーを三角に折って、ミシンでダダダっと。
三角形のぺしゃんこの袋。
お菓子を入れるとポコっとかわいいかたちにかわります。

のみもの屋を担当してくれるのは、ケータリングで美味しい飲み物を運んでいる『のみもの屋』の小川純一くん。
自然に育った健康な素材をたっぷり使い、自由で美味しいのみものを届けてくれます。
これまで作ったのみものを聞くだけでも、本当に自由な組み合わせでできたのみものばかり。
今回も楽しいのみものを考えてくれています。
どうぞお楽しみに。
マイカップをお持ちくださいね。


2009.12.1
『バイオグラフィーワーク続編』

二回目のワークは第2、七年期、8歳から14歳を振り返ってきました。
特に印象的な出来事もなかったので、今回は特に何か得られるものはないような気がしていたのですが、
意外なことに気がついてしまったのでした。

今回は粘土を使って思い返してゆく作業をする。
粘土をこねながら、何してたっけ?と。
思い浮かんでくるのは放課後友達の家で遊んでいたシーンばかり。
でも遊んでいる内容というよりも、なんども見えてくるものは電話。
昔の黒電話。
友達の肩越しに電話を覗き込む私。
小学校低学年のころは、電話を借りて母に電話をよくした。
「もう少し遊んでいってもいい?」
「指にけがしちゃった」
と、お母さんに電話する。
親に秘密を持ちはじめたり、いたずら心がうまれる高学年は、
親に内緒で電話を使って遊んだ。
時報局へ電話して、大きな声で叫ぶと誰かがこちらの呼びかけに答えてくれるんだってって
噂が流れ、友達とやって遊んでいた。
親には内緒。親が留守中にドキドキしながらしたっけ。
中学生になると誰かのうちに集まって、来ない人に電話したり、
誰かが好きな子に電話したりしてるのをみんなで聞いてたっけ。
どうだった?どうだった?なんていいながら。

電話と私と友達を粘土で作った。
電話の前に立つ友達の後ろに自分を立たせる。ここだな、と。
そして私の立ち位置であることに気がついた。
私はグループで遊んでいるとき、みんなと目に見えることでキャーキャー楽しくやってるんだけど、
目に見えない部分を常にみている、もうひとりの冷静な自分がいたことを知っていた。
悪口をいう友達の話を聞きながら、その子の気持ちもわかりながらも
言われてる子のいいところを見つけている。
心をみんなの輪の中に持っていけず、いつも少し離れたところにおいているようなことがあった。

なぜそんな事を思ったのかというと、
ワークの先生がこの頃のことで今に影響してることがないか探してみてといったから。
今のわたし。。。
偏ったことすべてが苦手。カテゴライズするのもされるのも苦手。
ノニノコで何かの色を決めていた時に友達に「その色はノニノコらしくないかな」と言われたことがあった。
私はこれまで特にノニノコの表のイメージを固定させたことはなかった。内にあるイメージはしっかりあるけど。
友達にそのことを伝えると、 私のスタイルはわかりずらいし、わからないと言われた。
お互いに分かり合えず、キョトンとしてしまったときがあった。
私はわかりずらいスタイルでいいと思ってきた。でも世間が目に見える部分で決めるイメージっていうのがあるんだと思った。

カテゴライズが苦手。 それはなぜ?
少し生きづらさを感じる時もあった。
人が大好き、でも無理してみんなの輪の中にいると疲れてしまう自分。グループが苦手?
こんなだから寂しい想いをすることもあった。
身体はみんなの中にいるけど、心は外に置いたまんま。

いろいろ経験してきてようやく気がついたこと。
見た目に同じでなくてもいい、心のあり方が近い人達と
心と心で対話していたいから、心も一緒に連れて行ける付き合いがすき。
ここまで書いててまた気がついてしまったかも、、、。
私は世の中の見た目でするカテゴライズが苦手だったんだ、と。

次は第3七年期。第一回目のムーンノードのある時期。
深く深く思い返してみたい時代です。楽しみ。


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