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little voice


2011.4.13

「さくらんぼの花」

毎日声を聞いてる塩釜のお母さんから久しぶりにメールをもらった。

ちょっと外をみたら庭のさくらんぼの花が満開でした。
いつものとおり
いつもの場所で
いつものように
嬉しいです。

震災後、私が月の存在を嬉しく感じたように、お母さんも庭先の花に感じて写メールを送ってくれた。
こんな気持ちになれる私の緊張が緩みはじめた日が震災から7日目。
被災地のお母さんは32日目。
いま私の身体はガチガチに固まっていて結構つらい。
でも、お母さんはじめ被災地の人達はもっともっとしんどいことでしょう。
早く、早く、安心していつものように過ごせる日がおとずれますように。


2011.4.8

「浄化」



浄化グッズずらり。

土曜学校の先生がこども達を心配して生徒みんなに送ってくれた、ワタスゲ繊維オイル。
有害物質から人体を守ってくれるもの。

ドイツのワタスゲ繊維研究家の人がシュタイナーが伝授したとおりに製造しているそう。
使用しているワタスゲ繊維は、清純な水と太陽の光と熱だけで成長した、500年以上前のもの。

友人が教えてくれたフラワーエッセンスの「ヤロー・エンバイロメンタル・ソリューション」は
チェルノブイリの原発事故の後に要請を受けて開発されたというエッセンス。
これは、今回の放射能の心配がなくても私には必要なものだったかもと。

竹炭は有害物質を吸着してくれる優れもの。

ご飯を炊く時に、飲み水に、お風呂に使っている。
竹炭パウダーは身体の中の有害物質を吸着し排出してくれる。

昆布炭粉も友人が持って来てくれた。
今話題の昆布エキスたっぷりでそれが炭になっているので、一石二鳥な品。


どれも現代人として受け取っている、 電磁波、農薬、添加物、人ごみのストレスなどを浄化してくれる。
放射能の心配をしているこの一ヶ月でこんなにも浄化グッズが揃った。
みんなに感謝しながらバランスよくとってみようと思う。


「これから」

世界中の人々が立ち止まり、これまでをこれからを見つめる時間をもらった。
これまでも、これからも私は私なりに関心を持ちつつ、
たくさんの人達の悲しみや犠牲になった人達の死が決して無駄にならないように、
これから地球がどんどん元気を取り戻せるようにと、
今日も目を閉じてみる。


「目を閉じる」



私達の結婚式の時に、今は亡き主人のおじいちゃんが贈ってくれた言葉がある。
 
 「雨も降る、雪も降る、笑うことも、泣くことも
  そしてだまって目をとじることも ネ 」

言葉の解説はしてもらっていないけど、勝手に夫婦仲良く暮らすためのコツとして受け取っていた。
忘れないよう、目のつくところにいつも置いている。

先日、書店を出ようとした時に一冊の本に引き寄せられ開いたページに同じような言葉を見つけた。

 「この世界を平和にしたいと思ったら、目を閉じるだけで良かった。」

サン=テグジュペリの「夢をみる言葉」という本の中に。
おじいちゃんの言葉がいまようやく心の深いところまで染み入りました。


「土屋鞄のランドセル」



いまでも忘れないお姉ちゃんのランドセルを買いに行った時のことを。
古いたたずまいの工房の床一面に、ずらっとランドセルのパーツごとの山が並び、
各作業担当の職人さんたちが流れ作業で仕上げてゆく。
ミシンをかける人、革を裁断する人。
ランドセル注文を済ませ、幼稚園生だった娘がその様子をのぞいていると、
目の前で作業するおじさんが「大切に使ってね」と声をかけてくれた。
娘は、はい!と返事をしていた。
そしてあれから6年経って、まだまだ使えるくらい綺麗なランドセルを前に
本当にこれで終わりかと思うともったいないねと娘が言った。

この震災で悲しいことに、主人のいとこの子供達はランドセルを津波の被害で失った。
中古でもいいからと聞き、こちらで仲のよい友達に呼びかけてみたところ、みんな使ってもらえるなら嬉しいと寄付してくれました。
中には新品の文房具や本、手紙を入れてくれていた。
思い出ある大切な品だから責任を持ってちゃんと届けられる数、
いとこの子供達とそのお友達に届けられる分を集めることにした。

なんと届いたランドセルは8個中5個が土屋鞄のもの。
型崩れしておらず、傷もほとんどなく、みんな新品かと思うほど状態が良い。
驚いた!娘のだけではなかった。
土屋鞄の職人さん達の優れた技術に感動しました。
中古でいいと言われたけど、使うのは子供達。なるべく状態の良いものを
送ってあげられたらと思っていたので集まったものを見て安心しました。
長く使える丈夫なランドセルを手作りで丁寧に作ってくれていたお陰で、
こちらも気持ちよく使ってもらえる状態で送ることができ、土屋鞄の職人さん達には感謝です。

ありがたいことに呼びかけにみんなすぐ動いてくれ、始業式に無事間に合いました。よかった。


「被災地へ」

新宿ー仙台間の高速バスの運行が再開されたので、主人はようやく塩釜の両親のところへ行きました。
行けるところまで交通機関を利用して、あとは徒歩で自宅まで。

電車の駅を降り、先に進むたびにどんどん光景がかわりはじめたそう。
私に報告をと携帯で写真を撮ったのも、歩きはじめの3枚だけ。
そのあとは、カメラを向けられなかったと。
電話で話していた時も突然電話が切れて、後で何かと聞いたら、
あの時は歩きながら携帯で話すのはすごく失礼な状況に鉢合わせ思わず切ったと。
毎日、被災地にいる母に電話で状況を聞いていたけど、実際見た光景は想像以上だったそうです。
でもその中で、たくましく助け合って生きる人達の姿をたくさん見たと。

主人の両親の家は少し傾き、お風呂場は壊れ、でもここで寝られご飯が食べられるだけありがたい、と
近くに住む親戚達と助け合って生活をしています。
震災後はおにぎりを作って在宅被災者に配り、食料がだいぶ回ってくるようになった今は、
津波被害にあった人達が少しでも心を休めてもらえたらと、せっせと枕づくりをはじめました。
山形方面の蕎麦屋さんにそばがらを分けてもらえるよう電話をしたら、その日のうちにどっさり届けてくれたそう。
枕作りは友人も手伝ってくれるようになり、2日で50個。

自分も被災者なのに、がんばる母達の姿を見たら、自分たちも負けないようにと力が入ります。

いろんな方面の人と話すたび、温度差を感じながらも、
私はいま自分にできることを微力ながらもひとつひとつしてゆこうと思います。


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